共感は主に人に対する感情の動きだ。だが芸術作品にも同様な心のうごきが起こる。現代アートにおいては特に、作品と向き合うことでアーティストの内面に触れることができる気がするからだろう。私はルイーズ・ブルジョワ(Louise Joséphine Bourgeois)に共感する点が多いと感じる。さらに言えば彼女の作品はどちらかといえば女性に、理屈抜きで入りやすい要素が多いとも想像している。美術の理解は個々の経験によって解釈が変わるものだろうが、個々の経験の中の女性に共通するものが彼女の作品の根幹に力強く存在しているせいかもしれない。
彼女は人との関係を望む。両親との関係にトラウマを持つ彼女は、他者との関係を強く求めながらもそれを構築していくことに難しさを感じていたのだろう。それでもそれを望んで探しつづける。

ルイーズ・ブルジョワはフェミニズムのアーティストと言われている。世紀末のウィーンでクリムト作品にも頻出していたヒステリーアーチ。しかし一定の精神科医によって1800年台から1900年代初めに診断されたそれは女性の病(特に暇を持て余した裕福な女性が精神を煩)と認知されていたようだ。ブルジョワはそれから100年近く経って、男性のヒステリーアーチを発表した。

世界中で見られる作品《蜘蛛》は母親。家父長的父親との確執の中で病弱な母親への思いを深めていったのだろう。
写真の《蜘蛛》1997 は中心部にフェンスでできたような小部屋があり、家族との思い出に品が置かれている。前に見えるタペストリーは、彼女が幼い頃に両親が経営していたタペストリー工房兼画廊の名残りだろう。過去の記憶に苦しみながらもクリエイティブな作業の中で過去と現在に折り合いをつけたのか。それと同時に、耐えてきた経験を新たな記憶として自らに止めるための浄化作業も行われたのかもしれない。

ブルジョワ作品で、とりわけ痛みの表現は、その痛みが頭を使わず体で感じることができる。これは個人的な印象なのか。多くの鑑賞者にある事なのか…
彼女は地獄から帰ってきたところだそうだ。素晴らしかったとのこと。
私が見る地獄はどんなだろうと、興味が湧いてきた。
ルイーズ・ブルジョワ展 森美術館(東京)2024年9月25日ー2025年1月19日開催
